重度知的障がいを持つ姉との話

私の姉は、重度の知的障がいを持っています。

幼い頃はどこへ行くにも一緒でしたが、生まれた時から一緒なので、当たり前に過ごしていました。

小学生になると

ただ小学生頃になると段々と状況が分かってきます。姉は普通とは違う、と。

姉を嫌いだとか、そういう気持ちは全くありませんでしたが、周りからの言葉や態度で傷付く機会が小学生の頃はとても多かったです。

同じ小学校に通っていたから、ということもありますが、友達はみんな私の姉が障がいを持っていることを知っていました。

仲の良い友達は何を言ってくる事もありませんでしたが中には酷い言葉を掛けてくる子もいました。

また直接、姉の事を言っていない場面でも、障がい児・者をけなす様な発言をする子もいてその都度胸を痛めていました。

泣きながら母親に話したことは数知れません。

大人になった今、そんな酷いことを言ってきた子も「よく分かってなかったから」「子供だから仕方ないね」と理解することができますが、当時の私は本当に辛かったです。

先生に話すと、その場でみんなに話をしてくれますが、「当人達は分かってないんだろうな」と感じ、母親に話しても「気にするな」「もっと強くなれ」と言われ、子供ながらに「この辛さはどうすることも出来ないのか」と諦めて、嫌だったことをノートに書き綴ることで、なんとか消化していました。

社会の中では

ただ、小学校内でも色々とありましたが、外の世界はもっと冷ややかです。

道を歩けば好奇の目で見られ、直接的に悪意を持った言葉を投げつけられます。

大人からすれば大したことに感じなくても、幼い頃から経験し続けていた私はすごく敏感になっていました。

それでも姉の事が嫌いになったことはありません。

暴れたり、大声を出したり、障がい者と関わった事がない方には信じられない光景を繰り広げている姉ですが、私にとってはこの世でただ1人の姉です。

辛かった原因

結局、何が辛かったのかというと、姉の存在そのものではなく、周りからの目線でした。

姉に対する目線だけでなく、障がい者そのものに対する世間の目線。

あまり大きな声では言えませんが、未だに街中で障がいを持つ方がいらっしゃると、どうか周りの皆さんが温かい目で見ていてくれますように、と祈るようなヒリヒリした気持ちになってしまいます。

きょうだい児あるあるでしょうか?笑

これからの社会に期待

多様性を認める社会の中、段々と福祉の世界も開かれてきて、社会と共存し始めていますので、障がい児、障がい者を見掛けてもみんなが当たり前に過ごせる、そんな雰囲気になって欲しいと思っています。

最後に、障がいを持つお子様をお持ちの親御様、どうぞ兄弟姉妹のお子様の気持ちも少し大袈裟かな?くらいに大切にしてくださると幸いです。

長い文章をお読みくださり、ありがとうございました。